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Lingvaj Respondoj

リングバイ・レスポンドイは、1990年発行のいとうかんじ氏のPVZ版が最新版で、第7版と記されている(図E)。リングバイ・レスポンドイが最初にまとめられたのは1910年のことなので、第7版に達するまで80年の歳月をかけて完成されてきたことになる。本稿ではその編集の足取りの概略を実物の表紙の縮尺をまじえて紹介しようと思う。

1910年の第一集(図A)は「レブオ版」と副題がついているように、ザメンホフが1906年から1908年まで La Revuo の中でさまざまな質問者に対して答えた45の記事をまとめたもので、当然ながらアシェット社から出された。それぞれの記事は質問者のイニシャルとテーマ、そして回答で成り立っていて、巻末にアルファベット順の索引がついている。

実はこのザメンホフの回答の連載記事は、雑誌『レブオ』が最初ではなかった。レブオより十年前にあった、エスペラント界最初の雑誌 La Esperantisto(1889-1893)に、すでに同様の連載が行われていた。この「ラ・エスペランティスト」の連載は、その重要性から、Lingva Komitato の機関誌 Oficiala Gazeto Esperantista(1911-1912)に再録され、それと同時に、機関誌誌上にて続編が開始された。これが1913年に一冊にまとめられ Lingva Komitato の事務局である Esperantista Centra Oficejo から出されたのが、「新シリーズ版」(図B)である。

新シリーズ版は、テーマを19の大項目に分け、さらにその下に具体的な小項目に分けるという分類方針で、巻末にはアルファベット索引をつけたものである。なお、第一集のレブオ資料は含まれていないが、その代わり、該当の箇所からレファレンスできるように配慮されている。

第一集を出したアシェット社が1919年に在庫のすべてを sperantista Centra Librejo に売却すると、同Librejoは1925年に「完全版」(図C)と銘打って、第二集(新シリーズ版)に第一集(レブオ版)を組み入れた版を刊行した。これはのちに2度改訂が重ねられ た。なお、巻末には Borovko にあてたエスペラントの由来を語る有名な手紙のエスペラント訳が付録として載せられている。

そして、1962年、バランギャンがザメンホフ書簡集を編集する過程で集めた資料も加えられた版(図D)が Esperantaj Francaj Eldonoj から出され、新たに「第6版」と銘が打たれた。第6版というのは、レブオ版、新シリーズ版、そして完全版の三つの版を経たのを、通して数えた結果である。

そして、1973年、日本においてPVZの刊行が始まり、やがて1990年にkromkajero8集としてリングバイ・レスポンドイが出されることになったとき、この第6版に、それ以降バランギャンが集めた新資料が追加され「第7版」(図E)として出され、現在に至るのである。

(註、図Eのみ扉であるが他はすべて表紙のコピーである。)

図A
図A
図B
図B
図C
図C
図D
図D
図E
図E