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蔵書印のある本について ― 比嘉春潮蔵書のこと

名古屋エスペラントセンターは第二次世界大戦以前に出版されたエスペラントで書かれた小冊子を多数所蔵しています。そのなかに、Esperanta Biblioteko Internacia という小冊子があり、これは1909年から24年にかけてベルリンで発行された双書で、全部で33冊が刊行されました。センターには調べた限りでは20冊あります。エスペラントの学習書のほか、ザメンホフの訳したゴーゴリの『検察官』、モリエールの『ジョルジュ・ダンダン』、ゲーテの『タウリスのイフィゲニア』、シラーの『群盗』といった文学作品も含まれています(抄録)。そのほか、千布利夫のJapanaj Rakontoj(1923)もあります(写真参照)。社会主義関係の文献はありません(Esperanta Biblioteko Internaciaの刊行書目等については、とりあえずVikipedio の記述などを参照。)。

興味深いのは、そのうちの10冊ほどの本の中扉に押されている蔵書印で、星印のなかにŜ.Higaとあります。表紙に「潮」と読めるサインらしきものが書かれた本も1冊あります(写真参照)。このŜ.Higaは、恐らく比嘉春潮(ひがしゅんちょう)(1983~1977)でしょう。彼は柳田國男門下の民俗学者、沖縄研究家として著名ですが、同時に、エスペラント運動に大きな足跡を残した人物でもありました。『日本エスペラント運動人名事典』の比嘉春潮の項には次のように書かれています。「23年頃から東京柏木の自宅でE研究会(のちの「柏木ロンド」)を清見陸郎、中垣虎児郎、大島義夫、永浜寅二郎らと始め、SATと連絡を取り、プロレタリアE運動の基礎を据える。」

なお、著者の自伝『沖縄の歳月』(中公新書、1969年)では、エスペラント運動とのかかわりについても1章を割いて詳しく語られています。柏木ロンドに関しては次のような記述もあります。「読み合わせをするものは、主としてSATの機関誌センナツィウーロやセンナツィエーツァレヴーオ(超民族性評論)や、その他SATを仲介して入手することのできるモスクワ出版の本などを主とした」。さらにエスペラント訳で『共産党宣言』やレーニンの『国家と革命』を読んだことも記されています(P138~ 139)。

センター所蔵の上記の本は、柏木ロンドにエスペランチストたちが集い、エスペラントの本を読み、社会主義について熱く議論していたのと同時代に刊行されました。それを比嘉が入手し、さらに、どういう経路を辿ってかわかりませんが、今こうして名古屋エスペラントセンターにあるわけです。没後に散逸したのでしょうか。それとも本人自ら生前に手放したのでしょうか。なお、沖縄県立図書館にある比嘉春潮文庫は、比嘉春潮の蔵書・資料ノート・草稿類5,900冊余と日誌・書簡類などを主な内容とする文庫で、1983年7月、夫人比嘉栄子さんから県立図書館に寄贈されたものだということです。そのなかにエスペラント関係書がどれだけ含まれているかはわかりません。

個人蔵書では、桑原武夫の蔵書でさえ散逸する時代なので、「蔵書一代」(紀田順一郎)となるのもやむを得ないのでしょう。比嘉の蔵書印のある書物を所持しているという人もあり、ある時点でかなり出回ったのかもしれません。上記の双書には、JAPANA ESPERANTO—INSTITUTOのゴム印が押されたものもあります(写真参照)。センターにある本も、竹中蔵書や梶蔵書に含まれていた可能性もあります。センター蔵書のなかに、比嘉あるいはその他のエスペランチストの蔵書印のある本がどれだけあるかは今後調査する必要がありますが、こうして何気なく引っ張り出して見ただけでも、エスペラント運動史の先人たちの軌跡をうかがい知ることができます。


(文責:伊藤 俊彦)
2017年8月10日、名古屋エスぺラントセンターの Facebookページに掲載した文章を再録