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いとうかんじさんは、 84 歳のご高齢ながら、今もなお精力的にエスペラントの読書に励んでおられます。その充実した日々から生まれた読書エッセイが、このほど1冊にまとまり、名古屋エスペラントセンターから出版される運びになりました。以下の文章は、同書について伊藤が東海エスペラント大会で行った報告を整理、補足したものです。
エスペラント界では、ずいぶんいろいろな書物が出ています。アマチュア作家、ディレッタントが多く、読者と著者の数が同じか、ひょっとしたら著者のほうが数が多いのではないかという感じさえします。
しかし、他方で、その割には、本が読まれないという印象もあります。エスペランチストが集まっても、読んだ本の感想が話題になることもあまりありません。これから紹介するいとうかんじさんは、エスペランチストは「読書嫌い」だと指摘しています。そうすると、エスペランチストは、一部の読書好きと、大部分の読書嫌いとに、いわば両極分解しているといえるのかもしれません。もっとも、このこと自体は、何もエスペラント界に限ったことではありませんが。
ところで、今回ご報告する本は、いとうかんじ著『旧刊礼讃』といいます。ただ、正確にいいますと、実はまだ本にはなっておらず、原稿の段階なのです。名古屋エスペラントセンターがこれから刊行しようとしているもので、今回はその前宣伝を兼ねて報告させていただくことにします。
これは、 84 歳になる、いとうかんじさんが、PVZ完結後にできた時間を利用して、エスペラント原作文学、名作の翻訳、それも、いずれ劣らぬ大長編小説を読まれた記録です。(注1)
翻訳は、『クオ・ヴァディス』、『聊斎志異』、『イエスタ・ベーリング』、『ファラオ』、『神曲』、『カエサル』。日本では知られていない作品もあります。原作は La Granda Kaldrono 、Hetajro Dancas 。
これらの作品を読まれたことのある方はご承知でしょうが、いずれ劣らぬ大作ばかりです。日本語訳だって、なかなか読めたものではありません。『クオ・ヴァディス』は、岩波文庫で全3冊ですし、『神曲』は、寿岳文章訳ですと、各巻400ページほどの分厚いハードカバーで全3冊になります。
いとうさんは、長年のPVZの編集に当たって、大量の原資料を読み、分析し、校訂をしてこられました。その過程で、日本語同様に速読し、かつ鋭い読解力を身につけられたのでしょう。われわれには到底及ぶべくもありません。
しかも、これらの長編を、素手で、しかし、これまでの長い人生経験と、ザメンホフ研究を通じて培われた思索、鋭い眼力をもって読みとくのです。いとうさんは、若い日に、竹内勝太郎、富士正晴らとともに伝説的な同人誌『三人』で活躍されました。また、長編小説『ザメンホフ』は、その後継誌である『VIKING』に連載されました。往時の詩人、作家の目が、老年のこれらの文章に生きていると思います。(注2)
読者は、本書により、そのスリリングな読解の過程を味わうことができます。比類のない読書案内といえます。本書を読んで、そこで論じられている長編小説に挑戦するか、それとも、読んだ気になって済ますか、それは読者次第ですが。
野球にたとえれば、私たちはイチローではなくて、所詮、草野球にすぎません。しかし、草野球は草野球なりに楽しみたい。いとうさんの「読み」に学びたいと思います。
ウナギの匂いだけ嗅がされたような報告になってしまい、恐縮です。できるだけ早く出版したいと、現在、鋭意編集を進めています。刊行のあかつきにはぜひご購入、ご愛読をお願いいたします。
(センター通信 n-ro 232, 2002年6月17日)