通信より

ザメンホフ全集を読んで

山田義

「『ザメンホフ全集 (pvz) 』を読んで」という記事を la Movado 9 月号で見つけた。小林司さんが呼びかけているエスペラント運動を語る会の案内だ。 ludovikito- いとうかんじさんの「ザメンホフ全集」のどれかを読んで話し合おうという第 1回の集まりだ。

この会の発起人17人の中に我が NEC の永瀬義勝さんの名前があるのはふさわしいと思う。この会のことはエスペランティストのメーリングリストでも案内があり、講演者や聴講者の募集があった。私は聴講を e- メールで申し込んだ。

案内の中に「永瀬義勝:ザメンホフ訳の聖書」というのがあり関心を引いた。それは私が最近、聖書の翻訳の歴史について調べており、特にイギリス聖書協会発行のエスペラント訳聖書 La Sankta Biblio の生い立ちについて興味を持っているからである。調べるにあたって数少ない資料として K. E. L. I. 発行の "Nia Historio" を持っている。そして、『ザメンホフ全集 (pvz) 』の一つである "de josuo al jeremia" と"de jeĥezkel al malaĥi" はA4 の風格のある圧巻 2巻であり、手元で時々開いて見ている。

この本はザメンホフの翻訳タイプ打ちをそのままコピーした 2巻である。ザメンホフ は旧約聖書を訳したが、原稿はタイプライター打ちであり、訂正も入った翻訳原稿であることが分かる。訂正もタイプライターであったり手書きの個所があったりで見ているだけでも大変興味深い。ザメンホフの使っていた昔のタイプライターが目に見えてくるようだ。永瀬さんが苦労してこの原稿を探し出しこの全集のためにコピーをとって来て、名古屋エスペラントセンターで発刊した本である。

その時の裏話を聞きたくて、 9月29 日の土曜日に会場の東京・日本エスペラント学会まで出かけた。会館の前にあるコンビニで買ったお茶ボトルを手にして私が階上の集会室に入ったときは 1時少し回っており、会はすでに始まっていた。資料のコピー代金として 200 円ほどだったかを受付で払って席に着いた。出席は 8人ほどだった。

この日の講演者はすべてエスペラントで話していた。お目当ての「ザメンホフ訳の聖書」は 30 分を超す講演であった。この全集に旧約聖書ザメンホフ訳の元の原稿を本と して加えることの必要性、それを捜しだしコピーを取るまでの交渉などを話してくれた。当事者本人から聴き得たことは幸いである。詳しい内容についてはいつかご本人が何かの形で書いてくれることを期待する。後の研究者の助けとなるであろう。聖書に関する研究は廃れることはないからである。私は、この聖書が名古屋から発行されたことを名古屋のエスペランティストのひとりとして誇りに思っている。

すべての講演が終わり、主宰者の小林さんから、『ザメンホフ全集 (pvz) 』のプレゼ ントがあり、第2巻を私が頂いた。椅子やテーブルを片づけた後永瀬さんにお礼と励ましにと思って、あるものを用意して近づき握手を求めたが悲しいことに断られてしまった。ザメンホフの著作もろくに読んでもいない私なんかがわざわざ出かけるにふ さわしくない会だったのかもしれない。

しかし、出席者のひとり、清水孝一さんが野辺山合宿の同窓生の私を覚えていてくだ さりコーヒーをご馳走してくれた。そればかりか、私の息子との待ち合わせの新宿駅まで、地下鉄に乗り慣れない私に同伴してくださり、大変うれしかった。青年時代の野辺山でのたったの 1週間の合宿であったが 40 年ぶりの親しみに満ちた再会であった。

次の日新幹線の中で、頂いた "ni laboru kaj esperu" を読んで帰ってきた。

(センター通信 n-ro 228, 2001年11月8日)


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