通信より

"BEKKURSO"について

伊藤俊彦

本書は,今年[2007年]刊行されたばかりの本で,おもに接頭辞と接尾辞の学習のために編集されたドリル,問題集です。短い問題文が2,100題も掲載されていて,空欄にあてはまる単語を,列挙されているもののなかから選んで記入するという体裁になっています(解答は巻末についています)。ちょうど中学校の英語のドリルといった趣で,中学校を卒業してから久しい方でも楽しく学習ができて,数独じゃないけれど格好の頭の体操にもなるでしょう。CDもついています。

編者のデニス・エドワード・キーフは,1951年,アメリカ生まれで,現在はフランス在住のエスペランチストです。10月27日(土)に藤本達生氏に伴われ,拙宅に来訪し,2泊しました(藤本さんは深夜まで談論風発して,翌朝早く帰られました)。彼はヨーロッパ各地の大学でマーケティング論などを講じていましたが,現在は失業中の身。中国でエスペラントを教え,横浜の世界大会に参加し,亀岡でも2ヶ月滞在して教え,東京を経て帰国の目前でし た。

フランスでは,ブルゴーニュの築200年以上の石造りの家に,今はひとり暮らしとのこと。自宅から2キロメートルほど離れたところに,ロマネスク建築として有名な,あのフォントネー修道院があるそうです。

エスペラントについては,グレジヨンとかサンフランシスコ州立大学の夏季セミナーなどで教えた経験をもち,ホームページ(BEKkurso,Lingvo Festivalo)などでも活躍しているそうですが,私は寡聞にして会ってから初めてそのことを知りました。

本書とは直接関係ありませんが,彼が拙宅に滞在していたときのエピソードをひとつ。日曜日に岩倉市内を散策したあと,明治村に彼を案内しました。そこを選んだのは,ただ拙宅から一番近い観光地だからというだけで,他に格別の理由があったわけではありません。

駐車場に車を停め,北門から入園すると,眼前に東京から移築された旧帝国ホテルの正面玄関が建っています。それが視野に入ったとたん,彼の表情に驚きが走りました。周知のとおり,これはアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが設計したもので,1922年に竣工しています。デニスの説明によると,ライトの自宅がイリノイ州にあるが,そこにはデニスの母の生家があるので,彼はライトには早くから親しみを覚えていたとのこと。そればかりか,ライトについて何冊かの本を読んでいて,彼が日本でホテルの建築をしたことも知っていました。しかし,まさかそのホテルに,偶然訪れたこの地の山中で遭遇するとは全く思いもよらぬことだったようです。

いかにもライト風の水平線を強調した帝国ホテルの外観,内装をカメラに収めながら,彼は思わぬ出会いに感慨深げでした。アメリカ人にとってライトは特別な意味をもつ建築家なのかもしれません。まこと,世界は広いようで狭い。そして,偶然にもデニスにライトの作品を引き合わせることができて,こちらもいささかの感慨を覚えた次第です。

本書に話を戻します。開巻冒頭の問題文ですが,
Ĉinio estas granda, sed Japanio estas m .
とあって,下線部に適当な語を書き入れよ,というのです。答えは無論,malgranda に相違ありません。それは確かに面積,人口という観点から見れば,まさにそのとおりだし,デニスにも別に他意はないのでしょう。しかし,「中国は大国であるが,日本は小国である。」という文章に,停滞する日本,対照的に経済発展著しい中国を思い,ついナショナルな心情を掻き立てられます。まあ,その両方に滞在したことのあるアメリカ人から見れば,両国はまさにこのとおりに見えるのでしょうね。ちなみに本書は中国で印刷出版されました。

このように本書は,シンプルな問題を解きながら,現代の社会情勢に思いをはせ,さらにアフォリズム集と見て楽しむこともできる重宝な本でもあるのです。ぜひご購入されんことを。

(センター通信 n-ro 255, 2008年2月25日)


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