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読書日記(5)ソ連のエスペラント運動とは何だったか

ソ連が解体して、ロシアは今どういう状態にあるのだろうか。この点に関して例えばある論者は、ロシアの現状を、多数の国民の犠牲の上に、少数の特権的階層のために資本主義化が強行されている「ノメンクラトゥーラ資本主義」であると規定している。民衆は結局、旧体制を転覆するために、そのときだけ「動員」されたにすぎなかった、というのである。案外真実なのかもしれないが、非常に苦い認識である。

一昨年の秋、ロシアから来たエスペランティストを拙宅に泊めたことがある。彼は大学教授といいつつ、副業で音楽プロダクションのようなことをやっていて、たまたま小生が当時、劇場に関係のある仕事についていることを知るや、売り込みの話ばかりしたものだった。何という野郎かとそのときは感じたが、労働者同様、知識人も生活が大変なのかなあと今となっては思われる。

ただ、仮にそうだとしても、その反面、“Moskva Gazeto”誌などをめくっていると、エスペラント運動も、旧体制下での抑圧から解放されて、活況を呈しているようにも思われる。また、ロシアにおける出版の状況についてみても、さしあたり目にとまった本をあげると、Progreso から、ヴァランキンの『地下鉄(Metropoliteno)』、リンス『危険な言語』第2版、ドレーゼン『世界語の歴史』第4版、年報 "Impeto"、絵入りロシア革命史3巻などが出版されており、特に最後のは造本も悪くない。また、Fenikso からは、『ウラジーミル・ヴアランキンの生と死』という、ヴァランキンの粛清を研究した本が出ている。Sezonoj からは、チェホフの短編小説集、ドストエフスキー『罪と罰』、ツルゲーネフ『初恋』、ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』、スターリンの言語学論文などのエスペラント訳が出ている。これだけで出版の全体的傾向を推し量ることはできないが、復刻も多いとはいえ、ペレストロイカを経てエスペラント運動史を同時代史のなかで再検討しようとする気運が目立つように思われるのである。

さて、前置きが長くなったが、今回取り上げるのは、ロシアのエスペランティスト、ミカェル・ブロンシュテイン(Mikaelo Bronstejn)の2冊の著作である.すなわち、(1)"Legendoj pri SEJM "(1992)と、(2)"Oni ne pafas en Jamburg"(1993)で、(1)は回想であり、(2)は小説である。両方を合わせて読むと、1970年代、ブレジネフ体制下の停滞と腐敗の時代におけるソ連のエスペラント運動のありさまについて、具体的なイメージを思い描くことができる。

著者は1949年にウクライナに生まれた。日本風にいえば団塊の世代というところであろうか。彼は、1965年/66 年に創立されたソヴィエト・エスペランティスト青年運動(SEJM;Sovetia Esperantista Junulara Movado)の中心的な人物であり、さきの "Moskva Gazeto" のリーダーである。また、バールド(吟遊詩人)として風剌的な歌をつくり、それはサミズダート(地下出版)で広まり流行したという。

ブレジネフ時代において、エスペラント運動は、国家による外国との接触や情報の独占を掘り崩すものだった。従って、それは硬直化した官僚主義からすれば本質的に異論的な存在であり、スターリン時代とは違って粛清の対象にこそならなかったものの、つねに警戒と不信の目で見られていた。だから、エスペランティストは、世界大会に出席することさえ大変であった。当局の許可がない限りそもそも出国ができないのである。著者が初めて参加したのは、1978年のブルガリアのヴァルナでの世界大会であったが、(1)では、著者が、当局の妨害をいかにかいくぐって大会に参加したか、お目付け役を出し抜いてエスペランティストといかに交流したかが述べられており、官僚制の硬直性、愚劣さが痛快に批判されている。この大会には名古屋からも参加した人がいたのではないかと思う。著者とことばを交わした人もいるかもしれない。

他方、(2)であるが、これはそうしたソ連のエスペラント運動を小説という形式により描いたものである。運動をめぐる小説というと、何となくクサそうで、想像がつくような気もするが、その運動が他ならぬ社会主義のもとでのそれであるから、面白い。

主人公は、ソルジェニツィーンの小説『イワン・デニーソビチの1日』(これは1962年に文芸誌「ノ一ブイ・ミール」に発表された)を、いわゆる異論派の教師に教えられて密かに読んだりする。その教師はやがて亡命する.そうしたエピソードがあるかと思えば、いかにも青年の運動らしい熱中と高揚もある。扉にあるイラストは、焚書のようでもあるが、私はロシア語が読めないので、意味がよくわからない。主人公の女友達が自殺したりするなど、エピソードにも富み、ふつうの小説としても面白い。

というようなことを、乏しい知識の範囲でおぼつかなく書いてきたが、本当のところ、そういったソ連及びロシアにおけるエスペラント運動の状況を、ロシアに詳しい人で誰か教えてくれると有難い。

今回は、4月の人事異動で職場や仕事が変わったせいもあり、多忙をきわめ、どうも話が散漫になったが、まずはこんなところで。

(センター通信1995年6月号掲載)


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