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読書日記(10)あるエスペランチストの人生の軌跡

1996年12月に、リマの日本大使公邸がゲリラによって襲撃され、4か月にわたって占拠された事件は、今もなお記憶に新しいところです。

この事件に関する当事者の回想が、朝日新聞社から刊行されている雑誌「論座」6月号に掲載されています。筆者は、当時のペルー日本大使館の一等書記官であった小倉英敬氏、タイトルは「知られざるペルー事件の127日」。小倉氏は、人質として捕われの身でしたが、そうしたなかで、現地の政治情勢にも詳しい政務担当書記官として、ゲリラとも対話を重ねました。回想では、ゲリラとの緊迫したやり取りが再現されています。当時の人質の多くが、なお現役として働いているせいもあって、事件の真相は未だ明かになっていない部分も多く、その意味からも貴重な証言です。

ところで、小倉氏は、40代半ば以上のエスペランティストならご存知の方も多いと思いますが、かつて名古屋のエスペラント界で活躍された方です。当時、氏は名古屋工業大学の学生で、文学や思想への造詣も深く、鋭い理論家でした。小柄でほっそりした体にベレー帽が印象的でした。

氏はその後、青山学院大学に転じ、ラテンアメリカ史を専攻され、ペルーのカトリック大学などへの留学を経て、1986年外務省に入省、事件当時は、ペルーの日本大使館に奉職しておられました。事件後の1998年12月、外務省を退職されて、昨年から国際基督教大学非常勤講師を務めておられるとのことです。

氏は、現在はエスペラントからは離れておられるようですが、青春時代に、ともにエスペラントに関わった者として、この事件に至る氏の人生の軌跡には大いなる関心を抱きます。

無論、それだけにとどまらず、この事件は、日本が国際社会でどのような役割を果たしていくべきかを考える上に、忘れてはならない事件です。そうした意味からも、氏をご存知であると否とにかかわらず、この回想のご一読をぜひお勧めいたします。


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